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October 26, 2009

マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた

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 マネジメントとリーダーシップは区別が難しいとつくづく感じる。「マネジメントとリーダーシップの違い−『リーダーシップ論−いま何をすべきか』」と「マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその2)」で両者の違いを少しまとめておいたが、自分なりに理解しているところをここに整理しておこうと思う。

 リーダーシップの研究においては、リーダーの行動を「課題関連行動(仕事)」と「人間関連行動(対人関係)」の2軸に分類することが多い(この2軸は「強固な二元軸」とも言われるようだ)。代表的なものが、三隅二不二の「PM理論」や、ブレイクとムートンの「マネジリアル・グリッド」、それから、ハーシーとブランチャードの「SL理論」である。ジョン・コッター風に言えば、この2軸は「アジェンダ設定」と「ネットワーキング」になる。

 ただし、コッターも「マネジメントとリーダーシップはともに、_歛蠅瞭団蝓↓課題達成を可能にする人的ネットワークの構築、実際に課題を達成させる、という共通の三つの仕事がある」(※)と語っているように、課題関連行動と人間関係行動はリーダー特有のものではない。それ自体は、マネジャーも実践している行動である。マネジメントとリーダーシップの違いは、この2つの行動の具体的な中身に表れる。

課題関連行動における違い
 課題関連行動は、なすべきことを決定するための「課題の設定」と、課題を実現するための「経営資源の構成」に分けられる。マネジメントの場合、課題は所与のもの、外部から与えられるものであることが多い。つまり、組織の使命や目的から「演繹的」に導かれるものである。マネジャーは、課題の達成に向けてタスクを細分化し、それぞれのタスクに経営資源を「配分」する。

 これに対して、リーダーシップの場合は、そのスタート地点においてそもそも課題が明確でない。リーダーシップが必要とされるのは、環境や時代の変化によってマネジメントが拠り所としていた使命や目的が揺らぎ、従来のマネジメント手法がうまく機能しなくなった時である。誰かが課題を与えてくれることは期待できない。課題の出発点はリーダー個人にほかならない。リーダーは現実をつぶさに観察し、これまでの知見や経験を組み合わせて望ましい未来を描き、取り組むべき課題を「帰納的」に構成する。リーダーシップにおいて設定される課題は、リーダー自身の価値観や信念を大きく投影したものとなる。

 課題を達成するために、リーダーはしばしば新しい方法論を持ち込む。ジョセフ・シュンペーターの言葉を借りれば、経営資源の「新結合」である。新しい経営資源を持ち込んだり、既存の経営資源の組み合わせを変えたり、課題に適合しない経営資源を思い切って捨てたりすることで、経営資源の価値を大きく高める。もう少し具体的に言えば、従来のメンバーとは異なる能力を持った人材を積極的に取り入れたり、組織構成を抜本的に変更したり、不要なルールや制度を廃棄したりすることがリーダーの仕事となる。

人間関係行動における違い
 「経営は人なり」という言葉が示すように、課題を実行するのは人であるし、人に紐づく経営資源も多い(知識や情報は人に属しているし、資金を握るのも結局は人である)。だから、メンバーが課題の内容に納得し、タスクを引き受け、必要な経営資源を提供してくれるように働きかけなければならない。これが人間関係行動である。すなわち、人間関係行動は、「課題の正当性の証明」と「実行への動機づけ」から構成される。

 マネジメントにおいては、課題の正当性は組織の使命や目的という後ろ盾にによって、あるいはマネジャーという役職が持つ権威によってある程度証明されている。マネジャーは、誠意を尽くしてメンバーに課題の内容や必要性を「説明」することが大切である。

 マネジャーがメンバーにタスクを依頼し、必要な経営資源を提供してもらう時に重要なのは、メンバーの「個人的動機に適合」させることである。言うまでもなく、組織にとってその仕事が必要だからという理由だけで、メンバーが仕事を引き受けるとは限らない。仕事の内容がメンバーの動機を充足する時、メンバーは高いモチベーションで仕事を実行することができる。メンバーの動機は人によって利己的なものもあれば利他的なものもあり様々である。「人を見て法を説け」という言葉があるが、マネジャーはメンバーの動機を見極め、その動機を可能な限り満たすように働きかけることがポイントとなる。

 一方、リーダーシップの場合、課題の正当性は簡単には証明されない。なぜならば、設定された課題は、この時点ではリーダーが帰納的に導き出した個人的な課題にすぎず、その正当性を示す要素がないからである。リーダーが自分の信念や価値観を通じて未来を見ているのと同様に、メンバーもそれぞれの信念や価値観を通じて違う未来を見ているかもしれない。リーダーはそれらの未来を統合し、「これこそが真の課題だ」と誰もが思えるような課題を形成するべく、メンバーと「対話」を繰り広げることが必要となる。課題の正当性は、メンバーの「合意」によって証明される。

 リーダーがメンバーに実行への働きかけを行う際には、メンバーの「個人的動機を昇華」させる必要がある。マネジメントにおいては、もともと組織の使命や目的に共感している人が集まっていることが多いため、上から演繹的に降りてきた仕事をメンバーの動機と合致させられる可能性は比較的高いだろう。だが、リーダーシップの場合、これまでメンバー従ってきた組織の使命や目的が揺らいでおり、新たな課題が目の前に提示されている。新たに求められる仕事の内容は、メンバーの個人的な動機とはそぐわないことや、真っ向から対立することもある。また、これまでの自分と新しい仕事をどのように結びつけて考えればよいのか迷っているメンバーもいる。それぞれのメンバーの動機を個別に満たすことは、マネジメントに比べてはるかに難しくなる。

 個々人の動機という細かいレベルで考えると、どうしても不利益や不公平感が生じてしまう。メンバーの意識を統一できるのは一つ上のレベル、すなわち組織、ひいては社会にとっての必要性という全体的なレベルでしかない。このレベル感で物事を考えられるように、リーダーはメンバーの思考を引き上げなければならない。つまり、この仕事が組織の未来を創り、社会への貢献につながることを訴え続ける、ということだ。これが「昇華」という言葉の意味するところである。

 個人的な動機は多少犠牲になるかもしれないが、個人の奥底にある社会的使命感を刺激することで、メンバーの心を一つにする。短期的に見れば、メンバーに痛みを強いることになるかもしれない。だが長いスパンで考えると、組織や社会にとって望ましい(とメンバーが考える)未来が実現することは、メンバー個人の未来をも保障することになるのである。これを通常の動機づけ=モチベートとあえて区別するならば、エナジャイズ(energize)という言葉になるだろう。

 ここまでの話をまとめると、マネジメントは「組織の使命や目的という外発的な課題からスタートして、メンバー個々人の動機に合致するようタスクを細分化していく」ことであり、リーダーシップは「リーダーの価値観や信念を基点とする内発的な課題からスタートして、メンバー個々人の動機を超えた全体的な要請というレベルでメンバーの心を統合する」ことといえる。もっと端的な表現を用いれば、マネジメントとは「全体から部分へ」、リーダーシップとは「部分から全体へ」ということになるだろう。

(※)ジョン・コッター著『リーダーシップ論−いま何をすべきか』(1999年、ダイヤモンド社)
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