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March 03, 2009

これからの人事制度は「上を下への人事異動」が必要になる?

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 成果主義の弊害が指摘されるようになって久しいが、リクルートワークス研究所所長の大久保幸夫氏の記事にこんな調査結果が紹介されていた。

 ある調査データをご紹介しましょう。これは当研究所が隔年で大企業の人事担当者に対して実施している「人材マネジメント調査」の一質問で、「人事制度の発展段階についてお伺いします。現在、貴社はどの段階に位置しますか」という質問の回答を集計したものです。今回の調査は2007年末に行ないました。

(回答結果)
1 諸制度を探索し、自社の人事制度の根幹を作りつつある「構築期」 5.8%
2 自社に適した体系的な人事制度が完成し、安定した運用が行なわれている「安定期」 17.3%
3 環境変化への対応に大きな制度変更を強いられ、様々な試行をする「模索期」 21.8%
4 安定期の反省、模索期の探索を複合的に統合し、新たな自社の人事制度を形作っている「再発見期」 53.2%

 つまり、なんと半数を超える企業が「再発見期」であると回答したのです。
「未曾有の『転換期』を迎えつつある人事制度」(bp special))
 この調査が実施された2007年度末は、まだ日本も景気拡大局面にあった。その時期に自社の人事制度が「再発見期」にあると回答した企業が半数以上あったということは、今の超乱気流時代であればその割合がもっと高くなっているかもしれない。

成果主義の裏に根強く残る年功序列とその限界
 バブル崩壊によってそれまでの年功序列が限界を迎えたことに気づいた大企業は、90年代から2000年代の初めにかけて、欧米型の成果主義をこぞって真似した。だが、人件費カットのための隠れ蓑にしか過ぎないだの、最終的な業績数値にしか注目しない"結果"主義と混同されているだの、密室の会議室で理不尽な「評価の調整」が行われるため全然成果主義になっていないだの、いろんな弊害が噴出した。

 だが、一番深刻だったのは、富士通で成果主義の運営に携わり、現在は人事コンサルタントとして活動する城繁幸氏が指摘するように、「日本の成果主義は年功序列の延長で行われている」ということであった。

 成果主義といってもいろいろあるが、要するになんらかの手段で賞与や昇給、昇格に格差をつけるということだ。もちろん、従来の年功序列制度においてもそういった格差は存在したから、新制度ではその格差を「ちょっとだけ広げてやる」ことになる。

 ここで重要なのは、そういった新制度が、あくまでも「従来の年功序列制度のレールの上で実行される」という点だ。

 給与については、基本的に序列があがらない限りはあがらない。もちろん飛び級なんてまずありえず、新人はいちばん下のクラスから一段ずつこつこつやっていく点も変わらない。

 上の序列にあがるためには「2年連続A評価以上」のように、一定の成果の積み重ねが必要となる。従来は"年"の部分が重視されていたのだが、いくぶん"功"の部分に重きを置くようになったというだけの話だ。
(城繁幸著『若者はなぜ3年で辞めるのか?』−年功序列が奪う日本の未来(光文社新書、2006年))
 振り返ってみると確かに、成果主義の導入によって同期の給与格差が従来よりも大きくなるという話はたくさん聞いたが、昇進スピードに大きな差が出るという話はあまり聞かなかった気がする。結局のところ、高い成果を上げたとしても昇進できるかどうかは別の話、つまり年功序列制度のルールが支配しており、大半の人は翌年以降も同じ仕事に固定されたまま高い目標に挑戦し続けなければならず、馬車馬のように働くことになる。社員が疲弊していく成果主義(というか、年功序列をベースとした成果主義)の実態とはこういうことなのだろう。

 年功序列制度とは、いくつかの前提の上に成り立っている制度である。

|翡、高年の社員よりも若者の方が多く、人口ピラミッドが形成されている。
年上の方がスキルが高く、精度の高い意思決定をすることができる。
0媚弖萃蠅伴孫圓鯤離した方が高効率であり、意思決定はスキルの高い年上に、実行は体力のある若者に任せるのが合理的である。
い匹良門、職種であっても、同じ職位の仕事レベルはそれほど大差ない。
(例えば、製造部門と営業部門の課長同士、部長同士を比べても、仕事内容はそれほど変わらないということ。結果として、両部門における課長、部長への昇進年齢はほとんど同じになる。もちろん、会社によっては花形職種や花形部門があり、他の社員よりも高い給与をもらったり、出世コースと称される場合があるが、一部の例外に過ぎない。)

 だが、どれをとってもその前提が崩れているのは明らかだ。,覆鵑は明々白々だし、△眷上が必ずしも高いスキルを持っているとは限らない。新しい知識や技術が次々と生み出される今の時代は、若者も年長者と同等あるいはそれ以上に高いスキルを持ち合わせているケースが往々にしてある。は、これだけ変化が激しくなると、意思決定と実行を切り離さない方がむしろ効率的である。だいたい、意思決定と行動を厳密に分けて捉えること自体が難しくなっている。組織内のあらゆる場所であらゆる社員が意思決定と行動を繰り返す方が機動力は高まり、変化に適応しやすくなる。い砲弔い討癲∈や各部門の仕事内容は環境と戦略の変化に応じてめまぐるしく入れ替わる。他部門と仕事のレベルを比較し、バランスを取ろうとするのはもはやナンセンスなのである。

 こうした状況下で、年功序列制度にパッチを当てるような成果主義を導入したって、そりゃ何の解決にもならんよというわけだ。新しい時代には、新しい人事制度を作らなければならない。

これからの時代に必要なのは「上を下への人事異動」がある人事制度?
 じゃあ、その新しい人事制度というのは何なのか?これはまだアイデアレベルの柔らかい話で恐縮だが、一つの方向性としては「上を下への人事異動がある人事制度」というのがあるのではないだろうか?

 アメリカの軍隊は、平時は厳格な指揮命令系統に従うピラミッド型組織であるが、戦時になると柔軟にチームが形成される。つまり、遂行すべきミッションに応じて、通常の職位とは関係なしに各個人の役割が規定される。場合によっては、下の職位の者が上の職位の者に命令することもあるという。日本の年功序列が平時用であるとするならば、さながら戦時のような現在は、それにふさわしい流動的な人事制度を持つことが重要だと思うのだ。

 企業で流動的な人事制度を導入しているのがインテルである。

 インテルでは、職務上のニーズを満たし、組織を活性化し、個人の視野を広げるために、慣例的ではない配属方法を採用した。社員が組織階層の地位ではなく、各自の知識や実績で評価され尊敬を得る企業文化があるので、(下位のポジションから上位と)同等のポジションに社員の配属が変わったり、ときには組織図上で下位にあるポジションに異動することも珍しくない。グローブは次のように説明してくれた。「インテルにおいてキャリアアップとは、組織図上で上に行くことではなく、インテルのニーズを満たすという意味だ。」
(クリストファー・A・バートレット、スマントラ・ゴシャール著、グロービス経営大学院訳『【新装版】個を活かす企業−自己革新を続ける組織の条件』(ダイヤモンド社、2007年))
 企業は環境の変化に応じて、あるいは時に環境変化を自ら作り出すべく、戦略を頻繁に練り直す。その戦略と連動して、各部門に新たな仕事が次々と発生する。その仕事を最も効果的/効率的に遂行できる人材を部門内外から集め、その都度各個人の役割とチームのルールを規定し、各個人が最高のパフォーマンスを目指して仕事に没頭する。そこではもはや、年齢や職位の違いはさほど意味を持たない。果たすべきミッションを素早く遂行すべく、いかに社内の人材の流動性を高められるか、これこそが今後の競争力を左右する大きな要因になるのではないだろうか?

 考えて見てほしい。人、モノ、カネ、情報、知識という経営資源の中で、モノもカネも情報も知識もここ数年で劇的に流動性が高まった。戦略の変化に合わせて柔軟に社外から調達し、社内に流通させることが可能になった。にもかかわらず、時に最も重要な経営資源とまで言われる人材が、旧態依然とした人事制度に縛られ最も硬直的になっているのである。これは何とも不自然なことではないか?

 もちろん、アメリカの軍隊やインテルの人事制度をそのままパクればいいと言いたいのではない。それでは、90年代に欧米から成果主義を輸入した時と同じ過ちを犯してしまう。海外の例はあくまでも参考。日本の実情に根ざした日本独自のモデルを作る時期に来ている。

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