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June 30, 2008

「エースと四番は育てられない」−『あぁ、阪神タイガース』

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あぁ、阪神タイガース―負ける理由、勝つ理由 (角川oneテーマ21 A 77)
野村 克也
角川書店
2008-02
定価 ¥ 720
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感謝の気持ちのあるプロ野球選手達の集団。
これほどの人が、なぜ自分の身内には甘い?!
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 6月18日の試合に敗れ、歴代最多の1454敗目を喫した野村監督。しかも、相手がかつて「3年間最下位」という苦汁を舐めさせられ、自身の監督としての通算貯金を半分以上吐き出す羽目になった(※1)阪神だというのも因果な話である。

 本書は阪神の監督として過ごした3年間の経験を踏まえつつ、阪神の歴史を紐解きながら、なぜ阪神が「ダメ虎」になってしまったのかを分析した本である。選手を持ち上げ、監督だけをこき下ろすスポーツ新聞。選手をちやほやするタニマチの存在。わがままな選手が引き起こすチーム内の派閥争いや内紛。生え抜き主義にこだわりすぎて補強をしないフロント。「巨人だけに勝つこと」が目的化し、巨人戦以外ではまともに戦えず…こうした要因が重なって、阪神は弱くなってしまったのだという。

 ヤクルトを3度優勝に導いた手腕をもってしても、阪神に染み付いたこれらの病巣を取り除くことは容易ではなかったと野村監督は振り返る。ただ、野村監督の批判は球団やマスコミ、選手ばかりに向けられているのではない。野村監督の跡を継いで、阪神を18年ぶりのリーグ優勝に導いた星野現SDと比較して、自分には「政治力」がなかったと分析している。野村監督も星野SDも、当時の久万オーナーに補強を直談判している。だが、野村監督が「エースと四番を獲ってくれ」と言っただけなのに対し、星野SDは誰を獲ってほしいのか、そして獲得にはいくらかかるのかを具体的に話したのだという。しかも、星野SD自ら交渉の場に登場する。野村監督はそこまではできなかった。

「エースと四番は育てられない」
 ところで、野村監督が久万オーナーに「エースと四番を獲ってくれ」と訴えたのには以下のような理由がある。
 「『エースと四番は育てられない』というのも私の持論であり、長年のプロ野球生活でわかった真実でもあった。いつの時代でも、どこのチームでも、真のエースと四番と呼べる選手は、その役割を期待されて即戦力で入ってきた選手か、ほかの球団でそういう存在になってから移籍してきた選手ばかりである。まったくの無名選手として入団し、二軍から這い上がってきたような選手はほとんどいないというのが現実なのだ。」(p63)
 選手を育てることに定評がある野村監督にしては意外?な考えのようにも思われた。外部から逸材を引っ張ってくれば活躍してくれる、これはどんな場合でもあてはあまるだろうか?

 最近の企業は、優秀な人材や即戦力(※2)をこぞって採用しようと躍起になっている。だが、皆さんの会社を思い返してほしい。優秀な人材や即戦力と言われて鳴り物入りで入社した人が、全く能力を発揮できずにすぐに退職していくか、肩身の狭い思いをしながらとどまっているというケースがないだろうか。その人が採用面接で自分の能力を偽っていた場合は論外だが、前職で確かに高い成果を上げていたにもかかわらず、転職した途端におかしくなる人は実際にいる。

持ち運びが可能な(=ポータブルな)能力か?
 ポイントは、その人の能力が「持ち運び可能であるか否か」である。つまり、職場が変わっても発揮できるものかどうかということだ。特定の環境との結びつきが強い能力は、転職先に持ち運びができず、ただのお荷物になってしまう可能性が高い。

 転職者が「私は前の会社で常にトップの営業成績を上げていました」と売り込んできたとしよう。だが、その人がチーム営業のような社内人脈に大きく依存した営業を続けてきた人であれば、転職によってメンバーを失った瞬間、まともな営業ができなくなるかもしれない。

 新規事業の責任者を探していたところ、「私は前の会社で新規事業を立ち上げ、新しい会社を作りました」という人を紹介された。話を聞いていると、前職の業界は規制の厳しい業界で、その人は行政当局とのやり取りを担当していたという。しかし、今度の新規事業は新興の産業で、他社よりもスピーディーに立ち上げることが重要だ。この人が持つ「当局との交渉力」を生かす場面がないかもしれない。

 能力と環境の関係は「GE出身者でも失敗するとき」(『ハーバード・ビジネス・レビュー』2007年1月号)で議論されている。ゲイリー・ベッカーの「人的資本理論」を応用し、GE出身者で転職先の企業の業績や株価を上昇あるいは下落させるのはどのような人的資本を持った人材かを研究した論文である。
 「一般的な『経営関連人的資本』、すなわちビジョンの構築、動機づけ、組織設計、予算編成、業績の監視などは、新しい環境に移植しやすいことが経験則的にわかっている。

 ただし、たとえば特殊なプロセスや業績管理システムなど、企業の独自性に基づく経営関連人的資本については移植が難しいとされている。」
 「経営関連人的資本」は環境を問わず移植しやすく、「企業固有人的資本」は環境を問わず移植しにくい。そして両者の間に、「環境次第では移植可能な人的資本」もある。戦略立案・調整能力に関する「戦略関連人的資本」や、特定業界の技術、規制等に関する知識といった「産業関連人的資本」は、転職先の環境が類似していれば移植しやすい。逆に、全く違う環境では役に立たなくなる危険がある。また、チーム・メンバーや同僚との人間関係に基づく「人間関係人的資本」は、新しい環境にかつての同僚を引き連れていけば移植が容易になる。そうでない場合は、人脈を新たに形成するのに時間がかかる。GE出身者であっても、持っている人的資本が環境に適合しない場合は、株価を下落させることが明らかになっている。

 野村監督が「エースと四番は育てられない」と言うのは、エースと四番に必要な能力がポータブルなものであることを経験則的に解っているからである。能力が発揮できるかどうかは、その能力の種類と環境との関係によって決まる。もし優秀な人材が欲しいと感じたら、いきなり採用活動を始めるのではなく、「どういう能力を持った人が欲しいのか」をまずはちゃんと考えるべきだ。そしてその能力がポータブルなものか否かを見極める。その結果、ポータビリティが高いと解れば外部からの採用を始めればよい。だが、ポータビリティが低いとなれば、社内からの調達を第一とすべきだ。

※1 南海とヤクルトで指揮を執った17年間の通算成績は1141勝1024敗62分で貯金117。阪神時代の通算成績は169勝238敗4分で借金69。
※2 最近では、新卒であっても即戦力を採用しようとする。新卒で即戦力ってどんな人だ?という感じだが、いろんな記事を見ていると、「育成に時間がかからず、短期間で即戦力化できる人材」のことを指すようだ。
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