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April 30, 2008

「創業は易く守成は難し」のエピソードからリーダーシップを学んでみる

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 帝嘗て侍臣に問う。「創業と守成とは孰れか難き」と。房玄齢曰く、「草昧の初め、群雄並び起り、力を角して而る後に之を臣とす。創業難し」と。魏徴曰く、「古より帝王、之を艱難に得て、之を安逸に失わざるは莫し。守成難し」と。帝曰く、「玄齢は吾と共に天下を取る。百死を出でて一生を得たり。故に創業の難きを知る。徴は吾と共に天下を安んじ、常に驕奢は富貴に生じ、禍乱は忽にする所に生ずるを恐る。故に守成の難きを知る。然れども創業の難きは往けり。守成の難きは、方に諸公と之を慎まん」と。
(『十八史略』唐の巻)

【訳文】 唐の太宗が、近侍の臣下たちに、
「国を創める『創業』と、できあがった国を守っていく『守成』とは、どちらがむずかしいだろうか」
 と尋ねた。房玄齢が答えた。
「最初のうちは見通しも立たず手さぐり状態で、群雄が並び起こり、力で争って、ようやく屈伏させて臣下とすることができるものです。『創業』のほうがむずかしいと思います」
 すると、魏徴は、
「古来、あまたの帝王が出現いたしましたが、艱難辛苦して天下を得ながら、そのあと安楽な気分になって国を失った者ばかりです。『守成』のほうがむずかしいと思います」
 と言った。
 太宗は、「房玄齢は、私とともに天下取りに当たり、九死に一生どころか百死に一生という危難を乗り越えてきたから、『創業』の困難さを身に沁みて分かっている。魏徴は、私とともに天下の安定に当たり、常に驕りの心が富貴から発生し、禍いや乱がそうした驕りによる油断から生ずることを恐れている。だから、『守成』のむずかしさを深く理解しているのだ。しかし、『創業』の困難は幸いにして過去のものとなった。『守成』の困難について、諸君とともに努力してゆこうと思う」と言った。
(渡辺精一著『朗読してみたい中国古典の名文』祥伝社、2007年)

 これは唐の太宗(李世民)が臣下に対し、国の「創業」と「守成」のどちらが難しいかを聞いたときの話。このエピソードから「創業は易く、守成は難し」という有名な言葉が生まれた。

 この一連の会話から、リーダーについて2つのことが学べる。

リーダーは相手の意見の「裏側」を読んで尊重する
 太宗は、自分が若いときからの忠臣で、唐の建国に尽力した房玄齢と、最初は李世民の兄・李建成に仕え、唐の建国後に臣下に加わった魏徴の相反する意見を聞いた後、2人の意見を整理している。単なる言い換えで終わってはいない。2人のこれまでの実績を振り返りながら、なぜ2人がそのように考えたのか、思考の裏側を読んだ上での発言だ。

 これは、普段から十分に臣下のことを観察し、臣下と密にコミュニケーションをとっていなければできない。いくら臣下のことを考えたとしても、適当な推論で臣下の本心を外してしまったら、返って臣下に不信感を抱かせてしまう。

リーダーは聞き手全員に訴える
 太宗は最後に、「方に『諸公と』之を慎まん」と述べている。臣下全員に語りかけている点がポイントだ。その前の部分で、魏徴がこれまで守成に尽力してきたことを認めているわけだから、うっかりすると「実績がある魏徴を中心として/魏徴の経験を生かしながら皆も頑張ってほしい」などと魏徴の固有名詞を挟みたくなる。

 ところが太宗は魏徴の名を出さずに、「諸公と」と呼びかけたのである。太宗は誰か特定の肩を持つようなことはしない、守成のために臣下一人ひとりの力が必要とされている、というメッセージが臣下には伝わったはずである。こうした公平感は、目標へのコミットメントを生み出す源泉となる。

(※)ケネディ大統領も演説で「われわれは」「あなたがたは」といった言葉を多用した。このような言葉を使うと、聞き手は自分だけに心を込めて語られているように感じるという効果がある。
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